さっき帰ってきてアパートの前で満月にむかって空の財布を振っていた。
あまりに長く振りすぎたのか、ちょうど満月と俺を結ぶ線上にあった3階(こっちだと2階)のリビング窓から人がこっちを見ているのに気がついた。その人が窓を開けようとしてたので、とっさに逃げた。
うーん、悪いことしてるわけじゃないから逃げなくてもよかったんだけど、その人には満月は見えてないから、彼女からしてみると12時になろうかという夜中にもかかわらず角度的にも自分の方向に向かって知らない東洋人が何事かを訴えてるように手に持った何かを突き上げて大きく振り続けているように見えてると考えられるわけだ。
火事だぞ、とか、ドロボーだぞ、とか、パンティ落ちてますよ、とか、
考えられる緊急事態はその3つだけなので、そのうちのどれかを叫んでいるのだろうと彼女は推測したはずである。そして中でも最大の可能性を瞬時に算出し「あら私の飛んじゃったパンティ振ってるのかしら」と事実確認のために窓を開けて問いただしたかったのだろう。
それに俺は一体どう答えたらいい?
「This is my wallet. It is not your panties.」とでも叫ぶのか?
そしてそれを叫んだときにたまたまパシフィックハイウェイをトラックが通り過ぎて俺の声は彼女に届かず、「Pardon ?」って聞き返される。
面倒くさいなと思いながらも性格上俺は律儀に今度はもっと大きな声で答えるだろう。
「This is my wallet. It is not your panties.」
と、不幸にもそのときナイトライドの大型バスとタンクローリーがパシハイを通過。またもや俺の声はかき消され「I beg your pardon?」ってちょっと大き目の声で聞き返される。
ああもう嫌だ!と思いながらも使命感に燃える俺は「It is not your panties.」と叫ぶだろう。
やっと俺の声が聞こえた彼女は「I see. It is your panties.」と納得する。
そして「Good night! Sleep well.」と微笑んで窓を閉める。
残されたのは口があんぐりになった俺。
と、そのとき満月と目が合った。
そうだ、満月には彼女が見えてなかったじゃないか。
満月にしてみればどうして人間ふぜいに「お前のパンティじゃねえ、お前のパンティじゃねえ」って叫ばれなきゃならないのか。こりゃいじめか?馬鹿にされてんのか?
「そんなこたわかってんだよ、ボケ」
どすのきいた声でお月様からそういわれた俺の財布には
また今月も寂しい風が吹きそうだ。
儚いな…パンティだけに。
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