ビルの火災報知機が鳴った。
多くの場合が実際に火災というわけではなく、ちょっとした何かに報知機が過敏に反応したものだ。これもいいのか悪いのか分からない。過敏が過ぎるのだ。まったくもって過過敏なのである。誰かケーキの蝋燭を吹き消しでもしたか、それともアロマキャンドルか?クリスマス前だからどこもかしこも浮かれポンチだ。
避難のために外にでないといけないが、今まさにポットで沸かしたお湯をラーメン用レンジ容器に入れて、電子レンジにセットしたところなのだ。貴重な日本の棒ラーメン、絶対に諦められない。
火災報知機には思い出がある。このビルで独立して教室を立ち上げてすぐ、Kマートで買ったトースターを初めて使ってパンを焼いたときに、焦げた煙があがって報知機が騒ぎだしたのだ。
けたたましいサイレンとともに2台の消防車がビルの前に到着。消防士が3名、ドカドカと教室に入ってきた。ガタイがでかいし顔がこわい。
俺は黒褐色に焦げたパンを左手の親指と人差し指でつまんで、顔の高さに上げてヒラヒラして見せた。すると彼らはやれやれといった顔をし、一人はすぐに出て行った。どこかと連絡をとっている。残った二人のうちの一人が俺に一通り注意をし、「あーあ、めんどうくせーな」とでも言いそうな雰囲気で、またドカドカと出て行った。
消防車が来るとお金が掛かるときいていたので、リフトを待つ彼らを追いかけて「俺はどうすればいの?」ってきいた。
「もうパンを焼くな」 と怒鳴られた。
それ以来ここで焼いたパンは食べていない。トースターはコードをはさみで切って捨てた。
うーん、いやな記憶だ。
そんな記憶がふわふわと脳裏に浮かんでくるのに無抵抗のまま、チンと鳴ったレンジから容器を取り出し、あらかじめスープの素を注いであったボウルに麺を移してお湯を注ぐ。
塩味のラーメンは素ラーメンだが、普通に旨い。あっという間に食べ終わる。
まだ報知機のプーワン、プーワンという音は続いている。人騒がせだが、俺も一回やってるし、お互い様だ。
洗い物だけちゃっちゃとやってから外に出よう、とキッチンで容器とボウルを洗っていると、報知機の騒音とは違うトーンでリフトがこの階に到着する音がした。
キッチンで洗い物をする俺の横を消防士が2人。彼らはドカドカとわが教室に入っていくではないか。そしてすぐ俺のところに引き返してくる。
「お湯わかしただろ?」唐突に聞く。「えっ」俺は驚く。「ちょっと来い」
先導した彼は「これが反応した」と火災報知機を指差した。そしてその指を腕ごとずらし、その下にあった湯沸しポットに向けた。「これが原因だ」
えーーーーーーーーーーー、まじ?? 俺はたじろぐ。
「お湯を沸かしただけなんだけど…」
「そういうこともあんだよ、気をつけろよ、まったくよう、お前みたいなのがいるから、こっちは振り回されてよー、ざけんなよ、このいそがしいのによー、しわすだぞしわす、走るのは先生なんだよ、消防車じぇねえんだよ、ちっ。」 とは言っちゃあいないだろうが、てんぱってる俺にはそう思えた。
「だって、ここに引っ越してから毎日同じ場所でお湯沸かしてるのにこんなことは無かったぞ」俺は粘る。
「おい、おまえ、この報知機が鳴ったことは間違いないんだ。だったらこのポットの蒸気が原因に決まっているだろ。それともファイヤーワークでも上がったのか? ゴズィーラが火を噴いたのか? あ”~?」とは言っちゃあいないだろうが、てんぱってる俺にはそう聞こえる。
トラウマになってる場面が浮かぶ。パンは二度と焼けなくなったのだ。
ここで俺が質問をすれば、お湯を沸かせなくなる可能性があるではないか。。。
しかしもし何らかのペナルティ(消防車出動代の支払いなど)を受けるなら聞いておいたほうかいい。
聞くか、いややめとくか。聞くかやめとくか。心の中でグルグルと葛藤する。
湯Yes or 湯No?You know? I don't know!! (くだらない…)
NO湯では今後やっていけない。
お茶もコーヒーも、ココアもラーメンもなにもかもを捨てられはしない。
しかし突然法外な請求書が届くのも恐ろしい。
もう消防士の二人は教室を出てリフトを待っている。今しかない。
俺は勇気を出して聞いてみた。「今日のペナルティって…」
男は俺をひと睨みして言った。
「次やったら鼻の穴にグリグリ指突っ込んでほっぺたバンバン張りまわしてからぶっ飛ばす!」
てんぱってる俺には、そう聞こえた。
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