出勤に乗ってたバスがパシパイから左折しようとしてメッチャいい感じの深い音を立てたと思ったら、曲がらずにそこで停止した。あ、深い音じゃなくて不快音ね。
それも信号待ちの先頭車に迫らんばかり。運転手は両手を広げた「オーマイガッ」の例のポーズをしちゃってる。
俺は佳境に入った『俺俺』を読んでたんだけど、あ、『俺俺』は2013年亀梨くんで映画化されるらしいんだけど、星野智幸って、あ、この人たいして若くもないんだな、まあいいや。とにかくこの人が書いた小説なんだけど、突然の激音に「なになになに????」ってなるじゃん。
『俺俺』のなかでは俺が俺に削除されるかどうかの瀬戸際っていうか、「どうなんだ、くんのか、こねえのか、あ?あ?あ?」ってところだったから、ほんのりドキっとしたし。
バスは一旦ちょっぴりバックして、ギリギリすれすれで先頭車をかわして左折に成功し、空いているスペースに車を止めた。あと200mも行けばバス停なのだが、ヒゲもじゃの熊のような運転手は小声で「Fワード」を連発しながら、突然俺らに向き直り、
「ここはバス停じゃないんだから降りるんじゃねえぞ、このくそ野郎ども!」
とでも言いたそうな顔で俺らを制し、外にでた(言ってはいないよ)。
そしてサングラスをかけたイグアナのような変な顔色をしたおばちゃんと一言ふたこと言葉をかわすと、熊転手は再びバスに乗り込んできて、俺らに向かって大口を開けて「ガオーーーっ」とゴジラのごとく雄叫んだ
ように見えたが、よく聞いたら「ここで降りてくれ」と言ったらしかった。
みんながバスから降りると、後ろにグラサンイグアナおばちゃんの車が停車していた。
どうやら接触事故らしい。
音だけひどくて衝撃がなかったので、衝突でなく、ただのこすり事故だったのだろう。
グライグばばは身体を「かぎかっこ」みたいに真横に折って車の傷跡を舐め回していた
かのようだったが舌はだしていなかったので安心した。
熊とイグアナは「ガオー」「ペロペーロ」「ガオガオーーッ」「ペペロッペーロぉ」と
顔まで接触事故をおこさんばかりに戦っていたが、
勝負の行方は俺の目からはどちらが優勢とも言えなかった。
アメリカのB級映画だとこのまま二人は恋に落ちてしまうかもしれなかった。
そうなるとなんともおぞましい朝の光景のように思えて、おえっってなった。
ふと我に返った俺に、もしかして今この時に俺が俺を消去にやってくるやも、という思いが頭をよぎった。
俺は辺りをさっと見回し、俺がまだそばにはいないことを確認した上で、「ひゃー」とわざとらしく声を上げて、ついでに両手も上げて、一目散に…サブウェイに駆け込んだ。
腹が減っては戦ができぬのだ。
「グッモーニン、ダーリン」
中東系の太ったおばちゃんの疲労を含んだいつもの嘘くさい笑顔。
「何にする、ダーリン」
「トーストする、ダーリン」
「チーズは、ダーリン」
「サラダは全部、ダーリン」
「ソースは何にする、ダーリン’」
「塩コショウは、ダーリン」
「ここで食べる、それとも持ち帰り、だーりん」
「$8.00よ、だーりん」
「ありがとう、だりーん」
「いい日を、だりーん」
魔法にかかりそうだった。
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